
生理前になると「どうしてもイライラを抑えられない」「気分が落ち込んでしかたない」というように、精神的な症状で悩んでしまう方はいませんか?
生理に関連して精神的に不安定になることは「PMDD(premenstrual dysphoric disorder 月経前不快気分障害)」と呼ばれ、診断名のつく病態の一つです。
生理のある女性の5%前後に認められると報告されていますが、症状があっても受診して診断を受けていない方もいらっしゃるでしょう。決して少なくない女性の皆さんが、生理前のメンタル不調を感じているのです。
今回は、PMDDがなぜ起きるのか、どのような対処法があるのかなど、さまざまな観点から解説します。
PMDDとは?
PMDD(月経前不快気分障害)は、生理前の数日〜10日間ほどにわたって生じる、日常生活に支障をきたすほどの強い精神的な症状のことを指します。生理が始まるとおさまるか、症状が軽くなるのが特徴です。比較的、若い年齢の方に生じやすく、学業や人間関係に影響して悩んでいる方もいます。
PMSとの違いは?
PMS(premenstrual syndrome 月経前症候群)は、聞いたことのある方も多いでしょう。PMSは生理前に起こる身体的、精神的な症状を指します。PMSと診断される女性は20〜30%、生理前に軽度の症状を感じる方まで含めれば80〜90%にものぼると推測されます。誰にとっても、生理前の症状は無視できません。
生理前に生じるさまざまな心身の不調を指す「PMS」の内、特に心の症状が強く、日常生活を送ることができないほど辛いという場合には、PMDDとして区別しています。PMDDは、PMSの重症型といえる病態で、2つの病態は明確に分けられているわけではありません。
PMDDが生じるメカニズム
PMDDがなぜ生じるのかについて、まだ完全には明らかになっていません。ただ、原因の1つとして、女性ホルモン分泌量の波(変化)が考えられています。
女性の生理周期は、エストロゲンとプロゲステロンの2つの女性ホルモンの分泌量が変化することで作られます。生理の直後は、どちらの分泌量も少ない状態です。
生理のあと、卵胞が発育する「卵胞期」が始まります。卵胞が育つ過程でエストロゲンの分泌量が増えていきます。エストロゲンの分泌が十分に増えたことを感知すると、LHサージと呼ばれる黄体形成ホルモン(LH)の急激な分泌が生じ、「排卵」が起こります。排卵後、卵胞は黄体に変化し、プロゲステロンの分泌が高まる時期となり、これが「黄体期」です。妊娠が成立しなかった場合、エストロゲン・プロゲステロンいずれの分泌量も急激に減り、生理が生じます。
PMDDが生じるのは、排卵後の「黄体期」であり女性ホルモンの変動が主な原因と考えられています。
実際エストロゲンは、幸福やリラックスを感じさせる「セロトニン」という脳内の神経伝達物質の分泌とも関連しています。エストロゲンの分泌が減れば、セロトニンも不足して幸福感を感じにくくなりPMDDを引き起こしている可能性があります。
またプロゲステロンの変動と「GABA」との関連も指摘されています。GABAも脳内の神経伝達物質で精神安定やストレス緩和に関与すると言われています。
ただ、それだけではPMDDのすべてを説明することはできません。
日常生活でのストレスや生活習慣、食生活の乱れなどの複数の要因が絡み合い、PMDDを引き起こしているのです。
PMDDの症状
PMDDでは、次に挙げるような精神的な症状が強く生じます。その他、PMSと同様、体の症状も出てくることがあります。
- 自分でコントロールが難しいイライラ、不安、怒りを感じる
- 理由もなく涙が止まらない
- 必要以上に攻撃的な言葉を使ってしまう
- 出かけるのが億劫に感じる
- 集中力が低下する
- 不眠、過眠など睡眠状態の変化がある
- 食欲が抑えられない
- 死にたいと感じる
普段はとても穏やかな性格なのに、生理前だけは別人のようになってしまう…というほど、症状の強い方もいます。外ではなんとか耐えていても、ご家族など親しい人の前では我慢ができないという方も少なくありません。
PMDDは、「気にしすぎ」「ただの反抗期」「家族に対する甘え」などと誤解を受けることもありますが、そうではありません。PMDDについて、ご自身だけでなく、周囲の方にも理解してもらうことが大切です。
PMDDかも?セルフチェックをしてみましょう
PMDD、あるいはPMSなのかなと思ったら、気軽にご相談していただいて問題ありません。「相談するほどのことなのか…」と受診を悩んでしまう方は、次のチェックリストを試してみましょう。直近3回の生理前のことを思い出し、(A)から(C)の質問に回答してください。
(A) 生理が始まる 1-2 週間前から、次のような症状が出ますか?
症状なし | 軽度 | 中等度 | 重度 | ||
---|---|---|---|---|---|
1 | 悲しい、落ち込む、ゆううつ、絶望感、罪の意識、自分は価値のない存在、といった感情がある。 | ||||
2 | 不安、緊張、興奮、イライラした感じがする。 | ||||
3 | 突然悲しくなったり、涙もろくなったりする。拒絶に対して過敏になったり、傷つきやすくなったりする。 | ||||
4 | 怒りを感じ、怒りやすくなる。 | ||||
5 | 普段の活動(友人・趣味・学校など)に興味がわかない。 | ||||
6 | ものごとに集中できない。 | ||||
7 | 無気力、疲労感がある。 | ||||
8 | 常にお腹がすいていて食べすぎた。特定の食べ物に執着した。 | ||||
9 | 寝過ぎた・朝起きるのが辛かった・寝つきが悪かった・夜中に目が覚めたなど、睡眠の状態がいつもと違う。 | ||||
10 | 圧倒された感じがしたり、うまく対処できないと感じたりした。自制できないと感じた。 | ||||
11 | 乳房の張りや痛みを感じた。頭痛、関節痛または筋肉痛を感じた。体重増加や体のむくみを自覚した。 |
(B)先ほどの(A)の11個の症状のどれかによって、次のような影響がありましたか?
症状なし | 軽度 | 中等度 | 重度 | ||
---|---|---|---|---|---|
1 | 職場、学校、自宅での日常生活で仕事、勉強、家事が捗らなくなった。 | ||||
2 | 趣味やクラブ活動、社会活動への参加をやめたり、参加回数が減ったりした。 | ||||
3 | 他人との関係に支障をきたした。 |
(C)ここまでの(A)や(B)で感じた症状や影響は、生理が始まると数日以内に無くなるか、軽くなった。
産婦人科診療ガイドライン-婦人科外来編2023; 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会: 190-193, 2023 改変
受診の目安
チェックリストの結果が次に当てはまる場合は、PMSやPMDDの可能性が高いです。ぜひ早いうちに受診してください。もちろん、当てはまらない場合でも、生理に関してお悩みがあれば、婦人科で相談してみると、解決の糸口が見つかると思います。
- (A)のうち、1〜4の項目で中等度/重度が1つ以上で、1〜11全体で中等度/重度が5つ以上
- (B)のうち、中等度/重度が1つ以上
- (C)の回答が「はい」
PMDDの治療法
PMDDは、適切な治療で辛さを和らげることができます。また、症状の強い方は、婦人科だけでなく、心療内科と連携した内服治療や行動療法が適している場合もあります。
お一人で我慢を続けず、まずは婦人科でご相談ください。
OC・LEP
低用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤を使用することで、PMDDの症状の緩和が期待できます。生理不順、生理痛、経血量が多いなどの悩みも改善が期待できるので、禁忌(服用できない条件)に該当しない方の治療としておすすめできます。
精神症状が強い場合に効果が出やすい配合薬があります。また月経痛を伴っている場合などは月経回数を少なくする配合剤も効果が高いとされています。薬剤の選択に関しては婦人科外来で相談をしてみてください。
抗不安薬や抗うつ薬
少量の抗不安薬や抗うつ薬がよく効く方もいます。
その場合、副作用や薬の調節などの専門的な知識が重要なので心療内科受診をお勧めすることもあります。
また精神疾患のある方で月経前に症状が悪化し月経が終わった後も続くことがありますが、この場合は、原疾患の月経前増悪(Premenstrual exacerbation)として判断し原疾患の治療のコントロールを優先するため心療内科主治医への相談が必要となります。
漢方薬
漢方薬は、PMDDにも効果が期待できます。
よく用いられるのは、加味逍遙散、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、抑肝散などです。市販薬としても販売されていますが、一人ひとりの症状や体質に合わせて、適切な漢方薬を選ぶ必要があるため、医師に相談していただければと思います。
心理療法
カウンセリングや認知行動療法によって、不安や気分の落ち込みといった症状の改善が期待できます。自分の感情や思考のパターンを知り、気分のコントロール・ストレスの管理に役立てる方法です。対応できる心療内科で相談するのが良いでしょう。
生活改善指導
生活習慣を改めることで、PMDDの症状を緩和させられる場合があります。次に「セルフケア」としてもご紹介しますので、取り入れてみてください。
PMDDを和らげるためのセルフケア
PMDDの改善方法として、ある程度効果のわかっているものについて、いくつかご紹介します。内服治療に加えてセルフケアもおこなうことで、より改善効果も期待できるでしょう。
内服治療に抵抗のある方も、まずはセルフケアから取り組んでみてください。
軽い運動を取り入れる
ヨガ、ピラティス、ウォーキング、筋力トレーニングなどの軽い運動を取り入れることが、PMSやPMDDの改善に良いのではないかと考えられています。ただ、具体的にどのような運動が良いか、はっきりとした報告はありません。
一般的に、体を動かすことで、脳内でドーパミンやβエンドルフィンといった物質が放出され、爽快感や幸福感を感じられたり、リラクゼーション効果を得られたりします。こうした効果が、PMDDにもよい影響を与えるのだろうと思われます。PMDDの症状が辛い時は、ストレッチなど無理の無い範囲で取り組んでみましょう。
食生活の見直し
ビタミンB6、ビタミンD・E、カルシウムやマグネシウムなどの摂取が、PMSやPMDDの改善に良い可能性があります。日頃の食事に、少し意識して取り入れてみてください。サプリメントとしての摂取でも良いでしょう。
ビタミンB6 | 唐辛子、にんにく、マグロ、カツオなど |
---|---|
ビタミンD | サケ、サンマ、卵、キノコ類など |
ビタミンE | アーモンド、唐辛子、大豆、かぼちゃなど |
カルシウム | 乳製品、大豆製品、モロヘイヤ、小松菜など |
マグネシウム | 青のり、わかめ、ひじきなど |
亜鉛や鉄が欠乏した場合も影響を与えることがありますので、栄養バランスを考えて食事を摂取するように心がけましょう。
亜鉛 | 牡蠣、カツオ、赤身牛肉、カシューナッツなど |
---|---|
鉄 | レバー類、マグロ、カツオ、卵、アサリ、ほうれん草など |
生活習慣の見直し
喫煙や肥満はホルモンバランスの乱れにつながる可能性があります。喫煙をされている方は、減煙、可能なら禁煙を目指してみましょう。
また脂肪細胞からエストロゲンが過剰に分泌されホルモンバランスが乱れることが、PMDDだけでなく生理不順やPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)の原因にもなり得ます。適正体重を維持できるよう、食事や運動習慣を見直してみてください。
またPMDDに伴うイライラ・ストレス・眠気を解消しようと、アルコールやカフェイン(コーヒー、紅茶、エナジードリンク)を摂っている方もいるかもしれません。アルコールやカフェインの過剰摂取はPMDD症状を悪化させる可能性がありますので生理前の期間は控えてみましょう。
まとめ
今回は、生理前のつらい精神症状「PMDD」について解説しました。
PMDDはPMSの重症タイプであり、生理のある女性全体の5%ほどが悩まされています。PMDDは「わがまま・甘え」などと誤解されがちですが、そうではありません。さまざまな治療法がありますので、きっと合う治療が見つかります。
セルフケアに取り組むことも、PMDDの症状の緩和に一定の効果が期待できます。取り入れられそうな方法から実践してみてください。
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